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Ep.4 図書室

Author: シエル
last update publish date: 2026-06-20 16:19:24

ブライトン伯爵令嬢とマルガレーテたちのトラブルの場に居合わせたあの日以降も当然のことながら、いつもと代わり映えのしない日常が続いていた。

淡々と変わらない日々————だが、心の中では『あの夜』の出来事が胸の奥のどこかに、抜けない棘のように残っている————。

————あの、深いロイヤルブルーの瞳が忘れられない……。

意識しないように頭の片隅に必死に追い払い、俺はいつもと変わらず『普通』を装っていた。

——————

「セドリックは、魔法学の課題は終わったのかな?」

「いや、まだだ。この後、図書室で参考になる本を探そうと思っていたところだ。」

食堂《ダイニング・ホール》で昼食を摂っていると、レイルに何気なく問い掛けられた。

「あの課題はなかなかまとめるのが大変だったな……」

既に課題が終わっているダリウスは顔を顰め、かなり大変だったことを滲ませた。

「魔法学は実技だけではなく、課題提出も評価に響きますからね……」

「まあ、Sクラスだからね。それくらいは許容しないと」

アーサンもダリウスに乗り、面倒くささを隠さずに愚痴を零すとレイルが笑みを浮かべて窘めた。

少し和やかな空気に変わり、四人共食事を終えると、俺は早々にその場を後にし、図書室へと向かった。

————————

滅多に来ない校舎の隅にある図書室の前へ辿り着くと、明らかに他の教室とは違う扉のハンドルを握り、押し開けた。

室内へ一歩足を踏み入れると、喧騒とは程遠い静かな空間が広がっている。

テスト期間に利用する生徒は割と多いが、その日の人影はまばらだった。

本の独特な紙の香りが漂い、空気が澄んでいるように感じると何だか肩の力が抜けた気がした。

(さて、魔法学の本は……)

館内案内を確認し、目当ての書架へ移動して一冊一冊手に取り、パラパラと捲りながら参考になりそうな本を探した。

回り込み裏側の棚へ移動すると、そこには一人の令嬢の姿があった。

ミルクティー色のさらさらな長い髪。

チラッと見えた制服のリボンの色から同じ学年のようだった。

一番上の棚にある本が取りたいようで、背伸びをしながら手を伸ばして背表紙の上側に指を掛け引き出せた——と思ったが、掴みきれずに俺の近くに落ちてしまった。

その本を拾い、ホコリを払ってから彼女にそれを差し出した。

「危ないから、今度からは踏み台を使うといい」

声をかけた俺の方へ顔を向けると、まさか人がいるとは思っていなかったのか、驚いたようにアメジストのような深い紫色の瞳を大きく見開いたが、すぐに表情を戻すとにっこりと微笑み、差し出した本を受け取った。

「ありがとうございますわ」

————————どくん。

彼女の声を聞いた瞬間————何故か、胸に刺さっている棘が急に疼いた。

女性にしては少し高めの身長のようだが、当然俺よりは小さく、少し見上げながら笑みを浮かべている。

鈴の音のような少し高めの声は女性らしく、可愛らしいのに————。

確かに笑っているのに————。

その深い紫色の瞳には、温度が感じられない————。

目を逸らすことも出来ず、その瞳に吸い込まれてしまいそうな気さえする……それは、まるで————

(……まるで、あの夜の彼女のようだ……)

彼女は大事そうに両手で本を胸に抱き締めながら軽く会釈をして、俺の隣を通り過ぎようとした瞬間————咄嗟に、その細い手首を掴んでしまった。

「何か、ご用ですか?」

一瞬、驚いたように再び目を見開き、掴まれた手を見た後に俺の顔へ視線を移すと笑顔で問い掛けた。

「あ、いや……すまない……」

掴んだ手の温かさを名残惜しく感じ、渋々惜しみながら離したが……何故か、このまま行かせたくない————。

だが、その理由を上手く説明することが出来なかった。

(むしろ、そんなことを口にしたら危ない奴じゃないか?)

少し冷静になると自分の行動の不審さに何だか決まりが悪く、思わず顔を背けてしまう。

そんな俺の様子を見て、彼女は何も口にすることなく穏やかな笑みを浮かべながら「では、失礼致しますわ」と言い残すと、今度こそその場から去って行った。

その後ろ姿が見えなくなるまで見つめた後、彼女の手を掴んだ自分の掌に視線を落とした。

掴んだ手は温かく、確かにそこに存在していたのに。

確かにお互いを認識したはずなのに。

彼女の瞳には自分が映っていないような————そんな気がした。

胸の奥に刺さっていたはずの棘が急に疼き出し、何故か胸が締め付けられるように息苦しい。

胸元のシャツを片手でギュッと握り締め、俺は顔を歪ませたまま、その場から動けずにいた————。

————————

図書室から出たミルクティー色の髪の令嬢は、人気のない廊下を少し歩いた後、振り返り誰もいないことを確認した。

先ほどとは打って変わって無表情な顔、そして深い紫色の瞳には温度はなく、再び前を向き直すとそのままその場を後にした。

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